聖金曜日:コロッセオで教皇レオ14世による十字架の道行き

教皇レオ14世は、「聖金曜日」夜、ローマ市内のコロッセオで「十字架の道行」をとり行われた。

 教皇レオ14世は、「聖金曜日」4月3日夜、ローマ市内のコロッセオで「十字架の道行」をとり行われた。

 十字架の道行は、イエスが死刑の宣告を受けてから、十字架上で最後を遂げ、墓に葬られるまでを、14の場面(留)に分け、その歩みを共にたどりながら、一つずつの場面で黙想し、祈る信心業。

 イエス・キリストの受難と十字架上の死を記念する聖金曜日、ローマではこの夜、毎年コロッセオを中心とする遺跡地区で、教皇の主宰による「十字架の道行」が行われる。

 例年、この「十字架の道行」では、全14留のそれぞれの留ごとに異なる人々が交代で十字架を掲げるが、今年はすべての過程を教皇ご自身が十字架を掲げて歩かれた。

 この選択について、3月31日、レオ14世は、カステルガンドルフォでの記者団からの質問に対し、「今日の世界に、キリストはまだ苦しんでおられる、と言う教皇の声は、重要なしるしとなるだろう」と答えている。

 またこの際、教皇は「わたしたちの救いのために苦しみを負われたキリストと共に歩むことで、わたしたちもまた平和の担い手となれるよう努力しなければならない」と「すべての善意の人々、信仰を持つ人々」にアピールされている。

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 毎年、コロッセオでの「十字架の道行」では、信者たちの黙想を助けるためのテキストが作られる。今年のテキストの準備は、フランシスコ会・聖地管理特別管区の前管区長フランチェスコ・パットン神父に託された。

 パットン神父による黙想テキストは、今年帰天800年を迎えるアッシジの聖フランシスコの言葉を交えたものになった。

 同神父はテキストの序章で、キリストが死刑に定められてから、十字架につけられ、死に、復活するまでの歩みをたどる、エルサレム旧市街の「ヴィア・ドロローサ(苦難の道)」は、信心深い物静かな人々の道ではなく、イエスの時代と同様、むしろ混沌と喧騒に満ちた道、日々の生活の道である、と指摘。

 このような十字架の道行の中で、イエスを見つめ、自分自身と自分の生活のすべてをもってイエスの後に従うようにとの、聖フランシスコの招きに応えよう、と呼びかけた。

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 聖金曜日の夜、コロッセオやコンスタンティヌスの凱旋門が浮かび上がるローマの遺跡地区に、詰めかけたおよそ4万人の信者たちが手にするろうそくの光が広がった。

 コロッセオの中から出発された教皇は、十字架を正面に掲げ、カルワリオの道を歩むキリストを黙想しながら、たいまつを持つ信徒、、またローマ教区・教皇代理司教バルド・レイナ枢機卿ら、同教区関係者と共に、パラティーノ遺跡方面へ上がって行った。

 教皇はコロッセオの向かいの高台で、最終留の13留・14留、キリストの十字架からの降架と埋葬を黙想され、「十字架の道行」を終えられた。

 最後に教皇は、「主があなたを祝福し、あなたを守られるように。主が御顔を向けて、あなたにいつくしみを与えられるように。 主が御眼差しをあなたに向けて、あなたに平安を賜るように」(参照 民数記6,24-26)という、聖フランシスコがよく用いていた祝福を参加者らにおくられた。

 

04 4月 2026, 10:03