教皇、カステルガンドルフォの「湖の聖母教会」でミサ

教皇レオ14世は、カステルガンドルフォの「湖の聖母教会」でミサを捧げられ、アルバーノ湖畔と、湖上での宗教行列をとり行われた。

 教皇レオ14世は、8月29日、カステルガンドルフォの「湖の聖母教会」でミサを捧げられた。

 カステルガンドルフォの眼下に広がるアルバーノ湖のほとりに、教皇聖パウロ6世の望みにより、湖畔の住民や観光客、湖周辺で働く人や、カヌーなどスポーツ競技の練習を行う人々のために、「湖の聖母教会」の建設が始められたのは1966年、その完成を祝ったのは1977年のことであった。

 近代的なデザインのこの教会は、十字架を頂点として白い帆を張る小舟をイメージしている。また、この地域は湖畔という性格上、とりわけ夏に人口が増えるため、教会は夏のための広々とした屋外スペースと、冬のための小さな屋内スペースから構成されている。

 カステルガンドルフォのヴィラノーヴァの聖トマ小教区の管理下にある同教会には、これまで1977年8月15日に聖パウロ6世が、また1979年9月2日に聖ヨハネ・パウロ2世が訪問し、ミサを捧げている。レオ14世は、同教会を訪問した3人目の教皇となった。

 同日夕方からとり行われた教皇ミサには、地元の信者たちをはじめ、周辺自治体の代表ら、およそ350人が参列した。

 教皇はミサの説教で、イエスが5千人に食べ物を与えるなど、驚くべきことを行なわれた後で、弟子たちに向かい、ご自分は必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、とご自身の死と復活を予告される場面(マタイ16,21-27)を観想。

 イエスは多くの奇跡を行った後、いかに自らの栄光を決定的に現すかを弟子たちに説明された。それは、自らいのちを犠牲にし、十字架上で自身を裂かれたパンとして捧げることによってであった。こうしてイエスは、「愛だけが人々を救う」ことを明らかにされた、と教皇は話された。

 聖アウグスティヌスの「刈り取る者の喜びは、[…] 種を蒔く者の意図を示す」(説教330、2)という言葉を教皇は引用。わたしたちは神の助けを通して、神の無限の愛の種を疲れを知らず、限りなく世界中に蒔き、今もいつも誰かがその実りを刈り取りながら喜びを味わえるようにと願っている、と語られた。

 残念ながら、創造主のこの夢の美しさ、善良さ、具体性を皆が理解できるわけではない。実際、多くの人はそれをユートピアだと考える。右の頬を打たれたら左の頬を差し出すことは敗者の行為であり、限りなくゆるすことは弱者のすることと言われても無理はない。ペトロでさえ、こうした新しい考え方を受け入れるのは難しかった、と教皇は振り返った。

 現実を見つめるようにと招く教皇は、憎しみと暴力は、たとえそれが不正義への報復であるとしても、常に破壊と死しかもたらさない。わたしたちは日々の生活の小さな場面から世界規模の大きな出来事に至るまで、あらゆるところでそれを目の当たりにしている、と指摘。

 わたしたちは、自分の中にも、自分たちの町にも、そして人々と国々の間にも、いのちと希望、安らぎと平和を切実に求めている。だからこそ、どんな傷や侮辱であれ、悪がわたしたちの人間性を損ない、心を蝕むことを決して許してはならない、と説かれた。

 教皇はミサに続いて行われる宗教行列について触れられた。

 教皇は、この聖母への信心の場が、わたしたちを唯一のからだとするための教会の日々の努力と、聖なる御母を通して、わたしたちの一人としてわたしたちのそばに来られ、わたしたち人類の大きな群れと溶け合うまでになられた主の、愛のしるしとなることを願われた。

 そして、今晩、わたしたちがイエスとマリアのまわりに集い、一つになることで、湖の上だけでなく、この世のすべての闇において、神の存在を映し出す安らかな光、愛するようにと招く神の愛の抗いがたい響きとなることができるようにと祈られた。

 ミサの後、「湖の聖母」像を囲んで、教皇と信者らは、湖畔の道を行列した。そして、教皇は湖の桟橋から、聖母像を据えた船に搭乗され、他のボートや小舟と共に、湖上の宗教行列を行われた。

 

29 8月 2026, 22:13