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教皇:神と出会う場所は、外の混沌ではなく、自らの心の中

教皇レオ14世は、司牧訪問したイタリアのリミニでミサを捧げられた。

 教皇レオ14世は、8月22日、司牧訪問したイタリアのリミニでミサを捧げられた。

 同日、教皇はイタリア半島中東部に位置するサンマリノ共和国を訪問。続いてエミリア・ロマーニャ州リミニ県ペンナビッリの聖アウグスチノ修道会の女子修道院を私的に訪れた後、同県の県庁所在地リミニを司牧訪問された。

 リミニでは、教皇は市内の見本市会場で開催中のイベント「第47回市民間の友情のためのミーティング」に参加。次いで、カテドラルで病者や障害者、カリタスの支援を受けている人々にお会いになった。

 そして、教皇は長く豊かなこの一日の最後の行事として、夕方、リミニ港を会場に、地域の司教や司祭らとミサを共同司式された。

 ミサの説教で教皇は、福音朗読箇所(参照 マタイ16,13-20)中の、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と問うイエスに、「あなたはメシア、生ける神の子です」とシモン・ペトロが皆を代表して答える場面を観想。

 わたしたちもまた、二千年の時を経て、同じ信仰告白を新たにするよう求められている、と話された。

 ペトロの言葉に、わたしたちを喜びと希望で満たす真理と、いのちへと導く道を見出す、と述べた教皇は、それは、ご自分から人に仕える神の道(参照フィリピ2,5-8)、弟子たちの足を洗うために身をかがめる師の道(参照ヨハネ13,12-15)、羊の群れのために自らをも犠牲にする牧者の道(参照ヨハネ10,11)である、と語られた。

 教皇、司教、司祭、助祭は、率先してこの道を生きるように、そして、すべての神の民は、それぞれの召命に応じて、彼らに一致して加わるように召されている、と説かれた。

 わたしたちの存在のすべて、わたしたちにそなわったもののすべては、神からの賜物であり、神の御手を通して、互いに正義に基づいた救いの道具となるために、また日々共に生き働く場所や人々から始まり、大きく開かれた心で全世界と向き合うために、わたしたちに託されたものである、と教皇は話した。

 教皇は、誠実さ、無償性、いつくしみといった価値観を大切にし、率直で明るく、勤勉で、支え合いの精神に満ちているロマーニャ地方の人々気質に言及。同地方が輩出した多くの聖人・福者たちの生き方にそのしるしを見出された。

 レオ14世は、アドリア海沿岸部と内陸部の自然の美しさ、素晴らしい芸術的に恵まれたこの地方を、イタリアや世界の各地から多くの人が休暇を過ごすために訪れることに触れながら、「休息とは、自分自身から己を切り離すことではなく、むしろ自分自身と向き合い、自分の内なる存在と和解すること」とかつてリミニ訪問の際に強調した、聖ヨハネ・パウロ2世の言葉を思い起こされた。

 今日の世界には様々な娯楽が存在するが、その中には真の「自己回帰」どころか、むしろ混乱や破滅をもたらし、心を虚しくするものもあり、あたかも日常が逃げ出すべき牢獄であるかのように、それらを現実からの「逃避」と呼ぶ人もいる、と教皇は指摘。

 しかしながら、真の安らぎを見出し、神と、また人々と互いに出会うための最も確かな場所は、外の混沌の中ではなく、自分の心の中、魂の奥底にあることをわたしたちは知っている、と話された。

 キリスト教共同体として、わたしたちは特別な形でこの経験を育み、開かれた受け入れの姿勢をもってそれを伝えていくよう召されていると述べた教皇は、そのような精神のもとに、一年間の労働の後で正当な休息を求める人々を、また心身に傷を負い、故郷から遠く離れた地で身を寄せる場所、食料、支援を求める人々を受け入れていくことができるようにと願われた。

 こうして、サンマリノ共和国とイタリア・リミニへの一日にわたる司牧訪問を終えた教皇は、同日夜、バチカンに戻られた。

24 8月 2026, 19:36